2013年04月26日

伊賀上野城@三重県伊賀市上野丸之内

何度か訪れたことのある上野城。数年ぶりに訪れました。

戦国末期、要所となった上野の地は、その時の権力によって、その立場が異なっていたようです。豊臣時代は、大阪城を守る立場として、奈良・大和から移転となった筒井家が東国に対する防衛の地として、上野に城を気付いたようです。

対して、現存する石垣などの多くは、徳川時代の藤堂高虎によるもの。大阪の陣に備え、大阪城に対する備えとして築かれたそうです。その高石垣は大阪城に次ぐ二番目の高さ。上から堀を除くと足がすくむ高さです。

また、もしもの徳川方の大阪の陣の敗北の際、緊急の籠城という事態に備えて、井戸からの抜け穴(補給路にもなります)が作られていたり、築城の名手、高虎の様々な案がもり込まれています。

なお天守閣は、大阪の陣の前に作られましたが、わずか一年で台風により倒壊したとのこと。大阪の陣の豊臣氏の敗北により、不要になった天守は再建されませんでした。現存の天守は、昭和になり、復元されたものとなります。

↓上野城天守
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↓高石垣を上から見る。
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posted by たぬき at 21:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 観光・旅行・遊び場